ある高校生の話

高2の春ごろ、仲間うちで肝試しが流行り始めて、特に仲良かったAとBと俺は、放課後にネットで拾った怪談を読み合ったり、夜中に墓地を見て回ったり、キャンプ場に泊まって暗くなってから薮に入ったりして、よくつるんで遊んでた。でも未成年だけでウロウロできる場所なんて限られてるもんだから、わりと早い段階で行き先がなくなって、行き先ねえなあ、次どうしようかってBと俺が教室の窓からグラウンド眺めて黄昏れてたら、Aが「古墳行こうぜ」ってニヤニヤしながらスマホでマップ見せてきた。

スマホのマップアプリ画面には確かに緑色の前方後円墳みたいなのが表示されてた。「後円」の部分の斜め上半分くらいが他の緑色のところにめり込んで形が崩れてるけど、日本史の成績が底レベルの俺が見ても「古墳じゃん」って感想が出る程度には古墳のシルエットだ。「やから古墳やって」ってドヤ顔してるAの横で、俺と同じくスマホを覗き込んでたBが「ああ〜……真木のかあ……」って微妙な顔をしていた。中学のときに関東から引っ越してきた俺や、隣の市から通ってきてるAと違って、Bは生まれも育ちも■■市の、生粋の地元民だ。しかもこの古墳がある地域の近くに住んでるらしい。なんか怖い話でも知ってんのかって俺とAが興味津々で迫ったら「あそこはガチ」ってすげえ渋い顔してボソッと答えた。詳しいことはBも知らないらしいんだけど、なんか立入禁止になってて何度も調査を断られてるらしい。「このへんは地面掘るとだいたい遺跡が出るから、みんな嫌がるねん。発掘調査って土地の持ち主がカネ出さなあかんらしくて」と以前Bが言っていたのを思い出した。

俺は絶対行けへんぞってゴネてるBの横で、俺とAはスマホ片手に古墳までのルートを探し始めた。真木の南端までならバスの本数が意外と多くて不便はなさそうだけど、バス停から古墳までが結構な距離がある。徒歩は時間かかりそうだし、じゃあいつも通り自転車で行こうか、今週末の土曜でどうよって、あっという間に予定が決まって、俺とAはイェーイとハイタッチした。横で恨めしそうに見ていたBが、真木に行くならウチに寄れよ、さみしいやろって言い出したんで、おまえも参加したいのかよかわいいやつめ〜って頭をグリグリ撫で回したらBにめっちゃ嫌がられた。

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んで当日。
昼メシ食って、うちに迎えにきたAとクロスバイクで市を北上していく。北へ行くにつれて見慣れた街並みや住宅地の風景にだんだんと空き地や畑が混じり始めて、家より田んぼの方が多くなり始めたころに、まずは中継地点のBんちに着いた。兼業農家のBの家は、合宿でもできそうなくらいデカくて広い日本家屋だ。庭先にいたじいちゃんとばあちゃんに挨拶して家に入り、Bの部屋でお菓子食いながらバカ話したりゲームしたりして時間を潰す。そうしてるうちに、Bのばあちゃんがドーナツ揚げてカゴに山盛りにして差し入れてくれた。ばあちゃんの揚げたてほかほかドーナツ、自家製の米粉入れてるらしくてモチモチでめっちゃうまい。あったかいうちにいくつか3人で食べて、残りはAと俺で分けて紙袋に包んで持たせてもらった。

そんなことやってる間に日が沈んで、いよいよ古墳へ移動開始の時間になった。B宅の人たちには「今から帰りまーす」って行ったけど、俺らの冒険はこれからだ。Bは最後まで「気が変わったら夜中でもいいからうちに泊まりに来いよな」って心配してくれていた。いいやつだ。
スマホのナビを頼りに真木に着いた時には、もう辺りが真っ暗になっていた。真木のバス停付近は家がそこそこ多くて窓からの明かりと街灯があったけど、住宅地から少しでも外れると完全に闇。暗闇の向こうに、さらに真っ黒な森が見える。あれが目的地らしい。

ナビの終着点で自転車を止めて、Aと手分けして入り口を探す。今いるのは古墳の南端にあたるはずなんだけど、なんせこのへんはストリートビューが表示されないから確認できない。仕方なく歩きながら道沿いの雑木林をライトで照らしてたら、光の輪の中に突然ヒラッと白いものが動いた。

ヒッ、って声が出そうになるのを堪えてよく見たら、お正月飾りについてるあの白い紙みたいなのが縄から吊り下がっていた。あとで調べたら「紙垂(しで)」って言うらしい。木と木のあいだに細い縄が渡してあって、そこに4〜5枚の紙垂がぶら下がって揺れている。縄が括り付けられた木は2本とも真っ直ぐで、太さや高さもちょうど同じくらいだったんで、あっ、これが鳥居なんだって直感的にわかった。足元を見ると、縄が掛けられた二本の木の間に、人間が横並びで何とか2人歩けるくらいの細い石段があって、まっすぐ上に続いている。ここから登れそうだ。

離れて向こう側を探索していたAを呼び戻す代わりに、後ろから近づいて「わっ」って脅かしたら見てわかるくらいビクッとしてて、指さして笑ったらAにしばかれた。ひとしきり2人でゲラゲラ笑ったあと、意外とあっさり見つかったよなーとか言いながらさっきの場所まで戻って、俺がランタンで足元を、Aがハンディライトで周囲を照らしながら石段を登る。しばらく登ったら、また石段の両サイドの木に紙垂のぶら下がった縄が渡してあった。あれが頂上らしい。

縄の下を潜ると、小さな公園くらいの広場の真ん中に、小さいお堂みたいなのが見えた。これも後で調べたんだけど、拝殿っていうらしい。肝試しとしては盛り上がってきたぜってAと顔見合わせて、Bにも見せてやらないとなってAが拝殿にライト当てて俺がスマホで撮った。その場でBに送信したかったけど残念ながら圏外だった。ただ、近くに民家もないのに何故か鍵のかかったWi-Fiだけは飛んでた。

拝殿以外におもしろそうなものはないか探ったけど、平屋の倉庫みたいなのと手を洗う井戸みたいなのがあるくらいで、あとは周りを木に囲まれててよくわからない。

ひと通り探索して、意外と何もねえなあ、帰ろっかって言おうとしたら、Aに「おい」って拝殿の裏から呼ばれた。声のした方へ行ってみたら、また例の紙垂が頭上のロープからぶら下がってた。ただ、さっきと違って木と木の間に道がなくて草と木がボーボーに生えてる。

さすがに無理だろと諦めかけてたら、Aは「あ、これいけそう」って薮を押し分けて進み始めた。木の汁とか虫とか付きそうで嫌だったんだけど、置いていかれるのも嫌なんで俺もAについていく。

藪はもっさり茂ってて、どう見ても入れなさそうだったのに、身体を入れてみると案外かんたんに進むことができた。そのまま藪の中をしばらく歩いてたら急に視界が開けて、だだっ広い神殿の中みたいな空間に出た。

もちろん屋内じゃない。足元は土だし、周りに生えてるのは木だ。ただ、木の1本1本がものすごくでかい。俺ら二人がかりで抱えても足りなさそうなくらい、ぶっとい大木が何本も、間を空けてスッとまっすぐ上に向かって伸びている。神殿の中のように見えたのは、木が柱みたいに見えたせいだった。幹に沿って見上げると、広げた枝葉が天井みたいに空を覆い隠している。マップアプリの航空写真で見た、古墳を覆う絨毯みたいな濃い緑色はこんな異空間を隠していたのかと感心した。

足元の地面には芝生や苔が生えている部分はあるけど、雑木林みたいな雑草は生えていない。それどころか落ち葉や枯れ枝すら落ちてなくて、掃き清めたようにきれいだ。あきらかに手入れが行き届いてる。
目の前の異様な景色をぐるりと見渡したあと、ふと嫌なことに気付いた。隣を見ると、Aがたぶん同じことに気付いたのだろう、訴えるような目で俺を見たあと無言で手元のハンディライトの電源を切った。

景色の明るさは、小さなライトをオフにした程度では何も変わらなかった。いや、月明かりの届かない森の中で、手元の照明に頼らず俺たちが景色を眺めてられたのは、森の中がもともと薄明るいからだ。森全体が夜明け前くらいのぼんやりした明るさで覆われている。スマホを確認したら夜の9時を回っていた。

「なんやねんここ……」Aの声が震えている。俺だって怖い。明るくて広くて立派なのに気味悪いなんて初めてだ。
「もう十分じゃん、帰ろうぜ」ってAを促して、元来た道を引き返そうと振り返った瞬間、視界の左斜め前に変なものが見えた。

文字通り林立したでかい木の陰から、四角い木の板がひょこっと覗いた。板の表面には細い渦巻き模様みたいなのが金色の線で描かれていて、上の角2ヶ所からは鹿の角みたいに木の枝が生えている。中ほどには小さな穴が2個、目のようにあいていた。
お面だ。どシンプルなデザインだけど、あれは人間が被るお面で、じっとこっちを見ている。

ひっ、と引きつった悲鳴が俺の口から洩れ、それを聞いたAが身を寄せてくる。お面はそんな俺らを睨みながら、木の陰から全身を現してきた。細身の喪服みたいなスーツを着たそいつは、ゆっくりと俺らの方へ近づいてくる。

「やばいやばいやばいやばい!!」来た道を戻るのを諦めた俺らは、森の奥へと歩くスピードを上げて逃げ始めた。ときどき横をチラ見すると、さっきのお面男と同じやつが、ほかの木の陰からも顔を出しては俺らと並走しているのがわかって悲鳴が出た。あいつら無限にわいてくるんだ。このまま奥に行くとまずい。わかっていても戻る道はお面男たちに封じられているので戻るに戻れない。

俺らについてきているお面男が5~6人に増えたころ、無限に奥行きがあるんじゃないかと思えた森の先に、誰か立っているのが見えた。

お面男の喪服と違ってシルエットが全体的に丸い。目を凝らすと、国語便覧に載ってた平安貴族みたいな黒い服を着てるのがわかった。こないだテストに出た範囲だから憶えてる。ただ、黒い服の上に羽織ってる白い薄布だけは見たことない。あと、冠みたいなのから植物のツルみたいなのが何本も垂れている。

着ているものだけでも場違いだけど、それ以上に異様なことに、頭から鹿の角が左右に伸びて生えていた。顔は向こうを向いているらしくて見えない。

俺らはその場に立ち尽くして、しばらく無言でそいつを見ていた。でも、そいつがゆっくりこちらに顔を向け始めた瞬間、俺はさっさと逃げなかったことを心底後悔した。そいつの顔は真っ白で、顔の両サイドまで裂けた口からは牙がはみ出ている。そして、そいつが完全にこちらを向いたとき、顔の真ん中にあるでかくてまん丸い一つ目と視線が合った。

俺もAも、今度こそ大声で悲鳴を上げた。お面なのはすぐわかったけど形相があまりにも不気味だったし、あれをかぶっているのが人間とは限らないって予感がよぎってダメだった。びびって棒立ちになってるAの首根っこ引っ張って、Uターンして全力疾走で逃げた。来た道には喪服のお面男がいっぱいいるはずだが、あのまま直進して一つ目のお面と鉢合わせるよりはるかにマシだ。さすがに男子高校生の本気ダッシュはあいつらでも簡単には追いつけないらしい。ちょっと距離が開き始めたなと安心していたら、突然目の前にさっきの一つ目がどアップで現れた。

「とまれ」

一つ目が低い声で言ったのが聴こえて、そいつの手が俺の目のあたりに伸びて視界が真っ暗になって、次に気付いたら自分の部屋でベッドに腰かけてた。

え?と部屋を見回したが、特に変わった様子もなく、いつもの俺の部屋だ。俺自身にも怪我や違和感はない。枕元の目覚まし時計を見ると、11時を回ったところだった。

何だ、さっきの……。あまりにも変すぎて夢だったんじゃないかと思えてきたら、安心したのか腹が減ってきた。机のあたりに投げていたバックパックが目に入って、Bのばあちゃんのドーナツが入っているはずだと思ってファスナーを開けたら、荷物の中からドーナツだけが無くなっていた。

仕方がないので1階のリビングに下りたら、風呂から上がった姉ちゃんがスマホゲーやってた。晩ごはんがキッチンにあるから適当に食え、あと風呂入れ、っていつもの調子であれこれ指示してきたあと、自転車ボロボロだけどコケたんかって聞いてきた。コケた覚えなんかないけど、って言いかけて、嫌な予感がして玄関開けて自転車置き場を見に行った俺は目を剥いた。

俺の愛車の前輪は、でかいゴリラか何かがいじりまわしたみたいにグニャグニャに曲がってた。コケたくらいでこんな曲がり方はしない。さっきのお面男たちの仕業じゃないかと思って、まずは証拠を撮っておこうとスマホを構えて写真アプリを起動したとき、直前に撮影した画像が画面の片隅に小さく表示されているのに気付いた。そういえば拝殿を撮影したなと思い出して、何の気なくサムネを拡大した俺は、こんな真夜中に外で悲鳴を上げるハメになった。

拝殿を撮ったはずの画像には、小さな白い手形がびっしりと、画面全体を埋め尽くすように映っていた。

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翌朝起きるとBからメッセージが入ってて、Aが無事に家に帰れてたらしいことと、いま高熱出してるらしいことを知った。正直、俺も倒れたかったが悲しいくらいに元気だ。仕方ないので昨日の顛末をBに報告したらめちゃめちゃ説教メッセージが連投されてきた。あまりにもうざかったので例の白い手形の画像を送信したら、今度は通話でガチ説教された。ごめんて。

Aは月曜日休んで、火曜日には元気に登校してきた。Aも俺と同じで、気付いたら自分の部屋のベッドで寝てたと言った。記憶もはっきりしてるし俺の話と整合性も取れてて、どうも本当らしいと信じたBが「もうこういうのやめようや……」と弱音を吐き始めた。さすがに俺もAも今まで通り肝試しを続ける気は起きなかった。

結局、俺らの普段の行いが悪くて変なものに足突っ込んじゃったのかなって今になって思う。壊れた自転車はタイヤ交換で元通りに直り、手が映ってた画像もすぐ消してしまったし、現実だったのか疑わしいほど何も残ってない。

怖い話から離れた代わりに、俺ら3人はBの家に集まるようになった。何度か遊びに行っているうちにB一家とも仲良くなって、夏休み前には農作業バイトに誘われるようになった。稲刈りの頃にB家が持っている真木の田んぼにも同行することになったんで、俺は昼休憩にちょっと抜けて例の古墳の近くに行ってみることにした。

昼間に見る古墳は前と違って、嘘みたいに明るい場所だった。あの鳥居がないかと恐る恐る探して見たけど、立入禁止の黄色と黒のトラロープがところどころに張られてるくらいで、何も見つからなかった。

なんもない藪を見てても仕方ないのでBんちの田んぼに戻ろうとしたとき、視界の隅、かなり向こうの方で何か動いた。田んぼと空き地だらけのこの場所に似つかわしくない細身のスーツ、小脇に抱えた稲穂の束、枝角の生えた四角い顔。

あいつだ。

ざっ、と血の気の引く音が聞こえた気がした。そいつは穴だけの目でこっちをしばらく見たあと、何もなかったように藪に入って消えた。