むかし、真木には山より大きな大蛇(おろち)が棲んでいた。大蛇はほとんどの時を眠って過ごしていたが、稀に起きては山を崩し、里を土で埋め、大水で田畑を溢れさせるなどの悪さをしていた。
あるとき、尊き血筋の若者がひとり、深手を負って大蛇の棲む森に逃げてきた。食ってやろうと若者に這い寄り牙を剥いた大蛇は、その鼻面をやさしげに撫でられ驚いた。
小さなもの一匹食うたところで腹も満たされぬと気の変わった大蛇は、若者の傷が癒えるまで何かと世話を焼いた。だが若者が歩けるようになったころ、あまたの追手が森に分け入り、大蛇の目の前で若者は矢に射られて死んだ。
怒り狂った大蛇は追手をすべて食い殺し、さらに暴れて里をも飲み込もうとした。そこへ賢き女(さかきめ)がひとり、槇の枝で作った串を携えて森に入り、至る所に串を刺して念じたところ、串は大木に変じて大蛇の身を地に縫いつけた。
大蛇の怒りは収まらず、我を封じた女を出せと吠えて地を揺らし、動けぬ身ながら里の者を多く殺した。大蛇を封じた女が自ら贄となって大蛇に食われたところ、百年に渡り平安が保たれた。動かぬ大蛇の体は土と草木に覆われ、やがて山となった。以来、里は百年ごとに女を生贄として山へ差し出していたが、あるとき一人の巫(かんなぎ)が「これにて終いにする」と言って山に入ったのを境に生贄は求められなくなった。