僕らの仕事ってメガバンクさんと違って地域の中小企業さんや個人商店さんがお客さんなんですけど、まあ場所によっては「ややこしい」人が多いとこなんかもあって。いきなり窓口にお客さんが来て「300万円貸して!」って叫ばはるのを支店長が「あかん!」って止めたら「ほな100万でええわ」ってお客さんが自分でディスカウントしはるのを新喜劇かって笑い堪えながら聞いてたりすることもありましたねえ。そういうエリアにいきなり新人を放り込むのは過酷なんで、入庫したらまずはソフトなお客さんが多い地区で渉外担当することになるんです。特に若い頃の僕みたいに人見知りするタイプはまず人との信頼関係を作る練習から始めないといけないんで、平和な地区の特に穏やかなお客さんのとこに行かされるんですよね。
よく憶えてますよ。■■市の真木って山の手の地区なんですけど、周りの芦原や高桑なんかは宅地になりつつある中あのへんだけ古い作りの広い家が多くて、畑や田んぼや空き地も残ってて、昔ながらの村っぽい雰囲気なんですよね。そこの古くからある時計屋さんへ先輩職員と一緒に訪問したら、お店のオーナーのおじさんと常連さんらしきおじいさんが店内の応接スペースに掛けてコーヒー飲みながらお菓子食べてて。平和なもんですよ。で、オーナーと先輩が資金繰りの話してたらそのおじいさんが僕らにもコーヒー出してくれて。え?お店の人ですか?って戸惑ってたら、ただの客やって言うんですよ。そんなんでええんやって笑いましたね、さすがに。
新人の中でもさらに頼りないのが担当するお店だから、営業回った後は支店の先輩職員たちが気にかけて「どうだった?」って聞いてくれるんですよ。オーナーやさしかったでしょ、あのおじいさんまだ居はった?って。名物になっちゃってましたね、おじいさん。支店の人の話だと少なくとも20年以上前から居たはってね。当時の支店長が新人のとき既に白髪に白髭の今と同じ背格好だったらしいんだけど、ほなあの人いくつやねんって。怪奇現象や、実は幽霊ちゃうかってみんなで笑ってました。
で、その後も真木を廻るたびにちょくちょくそのおじいさんに遭遇してましたね。お店でタイミングが合えばお茶やコーヒー淹れてもらったり、他愛もない雑談したり、店の外で会ったら缶ジュース奢ってもらったり。もう慣れたか、がんばりや、って声かけてもらってね。だから、担当替えで転勤が決まったときは寂しかったですよ。お客さんと渉外係との癒着を防ぐために定期的な担当替えがあるんです。同じエリアに戻ることはないんで今生の別れですね。お客さん側は毎度のことだから笑顔で送り出してくれるけど、僕は若かったし初めてだし、思い入れもあった地域だったから寂しくて。
よそのエリアに移ってからも、僕と同じように新人時代に真木を担当してた後輩職員が異動してくることがあるんで、そのたびに近況を聞いては当時を懐かしんでいました。何年か置きに聞き続けてると、あのあとオーナーのおじさんが引退して若い人が引き継いで、例のおじいさんは相変わらずお店に来ては自分ちみたいに寛いでるみたいですね。ただ、僕は来年で定年退職なんですけど、去年入庫した職員からもおじいさんにコーヒー出してもらったって話聞くんですよね……。