御山へ独りで入らぬこと、御山は人を獲って食うゆえ。
今福(いまふく)が日頃さんざん口うるさく周りの大人たちから言い付けられていることだ。
今福を構う大人のほとんどは血のつながりの薄い者たちだ。父や母は顔を合わせれば可愛がってくれはするが、忙しなく働いており触れ合う機は少ない。兄たちはみな歳が離れており、すぐ上の兄もつい先ごろ元服した。まだ子どもの今福の遊びに付き合える年頃のものは他家にしかおらぬ。乳母(めのと)の息子が世話役として守りをしてくれているので普段は不自由こそないが、このところ別の用向きに駆り出されておるらしく、放っておかれている今福は退屈しがちであった。
邸(やしき)の者らが不在がちな代わりに、五日ほど前から「榊の方(さかきのかた)」と呼ばれる女人が、先代が亡くなったのち主不在となっていた隠居屋を使い逗留していた。榊の方は今福の祖母に近い歳に見え、顔と手には月日を刻んだやわらかな皺が寄り、半分ほど白くなった髪は艶をたたえてゆるやかに波を打って顔の横を流れ、背で白い紙帯を結わえて束ねた後髪もまた波打ち、毛先は蔓のように巻いていた。老いたものゆえの落ち着きと、どこか華やかな気品を漂わせた姿は、白い牡丹を思わせた。
榊の方が越してよりこちら、邸の大人たちは昼と夕となくかの人のもとを尋ね、なにやら難しげなことを話し合うていた。今福も大人を真似てこの美しい人を尋ね話をしたいと隠居屋の庭の前でこそこそと探っていると、ちょうど母屋から戻った榊の方に見とどめられた。悪戯でもしていたようで罰が悪そうにしている今福に、榊の方は、こちらへ、と口元にやさしげな微笑みを浮かべ手招きした。
所在なさげにしている童(わらわ)を見かねたのだろう。走り回る遊びには付き合えぬが、と榊の方は眉根を寄せたあと、今福にさまざまな昔語りを教えた。都に現れ凶事を呼び込んだ物の怪の話、姫をひとくちで喰ろうた鬼の話、夜道をつける狼の話など、子供の好みそうな怪談を、その日から毎日ひとつずつ今福に聞かせた。
榊の方は博識で、今福が日ごろ不思議に思う事柄には何でも答えてくれた。また、里の他の者たちと異なり御山を恐れず、時には今福を連れて御山に出かけた。
歩きなれた御山でも、榊の方が案内(あない)する場所は見たことのないものばかりであった。槇の木が立ち並ぶ森、大人の背より巨きな羊歯(しだ)の茂み、見晴らしの良い高台、中でも今福が心奪われたのが山中の大藤(おおふじ)であった。枝葉を広げた藤蔓から下がる花が風に揺れる様は浪(なみ)のようで、辺り一面を藤色の海のごとく染めていた。日差しに透ける藤の雲海を見上げた榊の方の、漣(さざなみ)のように刻まれた曲線を、今福は美しいと思った。
榊の方を慕い、付いて歩くようになって十日も過ぎたころ、かの人の元へ邸の大人たちが衣を整えかわるがわる訪ねるようになった。ある者は静かに挨拶し、ある者は涙ながらに別れを惜しんでいた。榊の方は白地に草色の紋を刷った衣を袿(うちき)の上に纏い、日に何度か御山へ向かい何事か咒(まじな)いを唱えているようであった。ここにきて今福は、御山が人を取って食うという昔語りをやっと思い出し不安に駆られた。
夜も更けて皆が寝静まったころ、今福は隠居屋に忍び込んだ。だが内に榊の方の姿は見えない。いずこへ御座(おわ)すかと今福が中庭に出たところ、庭の月明かりの中に白い衣を着た榊の方がこちらに背を向け、その正面に白面黒衣の鬼が二匹、囲むように対峙していた。
鬼らは白い面(おもて)と黒い装束を纏い、頭からは一対の角を生やしていた。左の一匹は鹿の角に一つ目、右のもう一匹は羊の角に八つ目。鹿角には橘の花と実がつき、羊角には桜の花が咲いていた。どちらの鬼も面の横に裂けた口から牙がのぞいている。冠からは若草色の日陰糸(ひかげのいと)が、蔓が下がるように幾本か垂れていた。
ふと、八つ目の鬼が顔を上げ今福の方を見た。刹那、今福は彼らが榊の方を迎えに来た死神なのだと悟り、声も上げず懐から短刀を抜いて鬼に斬りかかった。
八つ目の鬼は重い装束に包まれているとは思えぬほど軽い動きで今福の刃を躱し、ついで今福の右手を軽く叩いて短刀を落とさせた。土の上に転がった今福の短刀のそばに、鬼の角から離れた桜の花びらが一片、ふわりと舞った。
「おやめ、今福」
榊の方が静かに今福を制した。声の方を見ると、榊の方が眉のあいだに皴をよせて、いつものように優しげに微笑んでいた。
「この者らは私を迎える段取りを伝えに来たのです。追い返してはなりませぬ」
「やはり御山へ行かれるのですか、昔話のように、大蛇(おろち)の贄になるために」
今福が訊くと、榊の方は微笑んだまま答えた。
「あれは大蛇などではありませぬ。蛇に手足は生えておらぬゆえ」
蛇であればまだ楽なものを、と榊の方がため息をつくのを、今福は気が遠くなりながら聞いた。膝から崩れ、後ろに倒れた今福の背を何者かがそっと掬い、母屋に運んでいくのを気配で知った。
翌朝おそくに目覚めた今福は、家中の者らから榊の方が身罷ったと聞かされた。骸はまだ隠居屋に在るとの話で、せめて一目会いたいと夢中で廊を渡った。榊の方の室を覗くと中央に布団が敷かれ、かの人が羽織っていた白い上衣(うわぎぬ)がかぶせられている。ただ、どのように見ても人ひとりの身体が衣の下にあるような厚みではない。
故人に非礼を詫びつつ上衣を剥がすと、布団の上には守刀(まもりがたな)が一口(いっこう)寝かせられ、両横には橘と桜の枝が1本ずつ添えられていた。それを見た今福は、かの人が鬼らに連れられ御山へ入られたことを悟った。山へ去ったのだから亡骸がないのだ。
空の桶が埋葬されたのを見届けて二年ののち、今福は因幡の寺に遣られて得度し、円親(えんしん)の戒名を授かった。出家から幾年(いくとせ)経てど、円親は御山に食われた美しい人と、いつぞや見た藤色の浪を思い出し、遠く畿内の方角に向け、手を合わせて一心に祈るのであった。